自転車でブラブラ歴史散策。三之丸探検!
Source【山形グルメ探検隊】
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ちょっと前に市内を自転車で回っていたのは、実は単なるブラブラ散策ではなく、とある一連のスポットを自分の目で確かめてみたかったから。
それは何かというと…
これ! ご存じ、山形城の三之丸跡。
三之丸は、今となっては当然どこにあったかもわからなくなってるんだけど、実はこの山形城の三之丸、東日本では江戸城に次いで2番目の広さを誇る、日本でも有数の大きさがあったんですよね。
あるときふと、その三之丸エリアって実際に回ってみたらその大きさが実感できるかな、と思いついて、自転車で巡ってみることにしたのでしたψ(`∇´)ψ
でも当時の堀跡を回ることは現在の道路の関係で難しいので、せめて当時の11箇所あった城下への出入口を見に行ってみることにしたんだよ。
では早速、駅西からスタートです!
こちら、双葉町の稲荷口。信号の手前右側には僕が気になっているお洒落アパートがあり、正面右にはスーパーホテルさん、左手には双葉公園があります。
この方向に進むと、稲荷口から三之丸内に入る形になるんですね。
ここは上杉軍と戦った「出羽の関ヶ原」と言われる合戦の際に、本陣が置かれたという守りの要となった重要な口です。
道路が拡幅されたから当時の雰囲気はわからないけど、きっと橋がかかり、そこに重厚な門が建ってたんでしょうね~。どっかでVRで楽しめる復元CGとか作ってくれないかな笑
うちの子供1が小学校の頃、なぜかメチャクチャお城にハマったときがあって、その時に三之丸を研究してたんだよね。当時の子供いわく、当時の「口」の近くにはなぜか神社、特に稲荷神社が配されていると。城に関する逸話には、よく城を造るときに狐が夢に現れて堀割の形を指南してくれた、といった話があるので狐が祀られているのではないか、と言ってたんですよ。
スゴイ小学生…(・_・;)
そんな記憶があったので、口を回りつつ、その付近に稲荷神社があるかも確かめてみることにしました。
こちらはさっきの交差点からすぐ北側にある、壽稲荷神社。
街なかも街なかにある神社なのですが、不思議と落ち着いた雰囲気がありましたね。案内の看板には三之丸図もあったのですが、この冒頭で紹介した図面とはちょっと微妙に異なっていました。僕は冒頭の地図に拠って回ってます。
ちなみに、この稲荷口に隣接する双葉公園。
いつも前を通りがかって目にはしていたんだけど、なんとここが三之丸関連の遺構だったとは。
この公園の形ってすごく変な細長い形状をしてるんだけど、ここは三之丸の堀の痕跡を残して造られたからこんな形をしていたんだね。今回このテーマで調べるまで全く知らなかった(^^;
さて。三之丸を南側へと移動して、吹張口へとやってきました。
八日町のサーパスマンションのところってカギ型のクランクになってるでしょ?
あの西側にある補助信号的な信号付近から駅に向かって狭い路地が伸びてるんだけど、そこを入ったこの辺が吹張口です♪
いやー、なかなかわかりにくかった!
ここにはちゃんとこんな石柱があって、この階段状の狭い道が濠跡らしい。
確かに低くなってるし、堀っちゃあ堀だよなぁ~。やっぱり現場を回ってみると実感できるね。
そういえば、小学生だった子供1からは「口の近くにはカギ型の道がある」っても聞いてたけど、彼も現場を回って気づいたんだろうな。
吹張口の近くには、福満稲荷神社がありました。立派なお社だけど、こちらに関しては何も情報なし。
さっきの壽稲荷神社もそうだけど、口を入ったところに稲荷がある感じなのかな?
子供に聞いてみたいけど今はもう大学生だし、忘れた!って言われるだろうな(^^;
三之丸のお堀はヴィラッジオさんの前の通りを北上し、二小の敷地を横切って第二公園の西側あたりからまた北上。
そして、ここまで来るともうみんなが知ってる、三之丸土塁跡。当時の姿を今に伝える貴重な史跡です。
土塁跡のすぐ北側の交差点。
ここが十日町口で、三之丸の外から城下のほうを向いて眺めるとこういう構図になります。
ここが口かぁー。なんか全然痕跡がわからないな。
十日町口のそばには、荘厳たる雰囲気をまとった歌懸稲荷神社。縁起によると、もとは吉祥院という寺社だったものが、神仏習合によって京都伏見からお稲荷様をお迎えしたそうで、当時はこちらの神社が稲荷口にあったらしい。だとすると壽稲荷神社は後からあの場所に祀られたのかな?
この辺はもっと調べないとわかんないな(^^;
歌懸稲荷神社の裏(?)に回ると、さっきの土塁跡の外側、つまり三之丸濠跡を見ることができます。
歌懸稲荷神社だけを見にきた人は、こんな立派な歴史遺産があるなんて気づきもしないだろうな~。ちょっともったいない気もするけれど。
さて。三之丸は村山保健所南側を敷地に沿って東に回り、そのまま中央郵便局のところまでやってきます。
そしてここが、横町口。旧町名で横町ってあったけど、それがここなんだね!
ここ、七日町の大通りから入ってくるとここまでが広くって、ここから西は急に狭くなるでしょ?
これって何か三之丸とも関係が…ないか(^^ゞ
横町口近くでは稲荷神社が探せなくて、ついにGooglemap先生に聞いてみた。
そしたら、ちょっと離れるけど256さんのお隣に成田山分社帰命院ていう寺社があって、その敷地内に稲荷様が祀られてた。
うーん…これはちょっと違うか。
そして三之丸はというと、横町口からずーっと北上して一小の東側をかすめて済生館の東側へ。
ここがちょうど七日町口になるんだね。
一小の東から済生館のここまで、Googlemapの航空写真で眺めてみると、細い路地とかがなんとなく「これ三之丸の堀の痕跡なんじゃない?」みたいな感じに見えるから面白い♪
皆さんもぜひ三之丸図を見ながら航空写真で濠跡を追ってみてください。面白い発見がありますよ(゚▽゚*)ニパッ♪
ここも稲荷神社が探せなかったんだけど、奥さんと話してたら「そういえば、大沼の屋上にお社があったよね!」って話になったんだよ。
確かにあった!なんかちっちゃいお社だったけど、何の神社だったのか、お稲荷様だったのか今となっては不明…(-_-;)
でもさすがに三之丸との関係はないだろうな笑
ちなみに、済生館西側の道路もこんなクランクになってて不思議だったんだけど、ここも三之丸があった濠跡になるんですね。
三之丸はここからさらに西に進み、星野餅屋さんの角あたりから北へと進みます。
この丁字路になってるところが旅籠町口。
冒頭の三之丸図では旅籠町口って書いてあるけど、「かすがい口」っても言うよね。
「子は鎹」っていうあのかすがいらしく、ここから造り始めてここで完結したということで、綻びなくしっかり事を閉じるという意味でかすがい口とされた、という説もあるらしい。
なんだ、ここがスタート地点なら僕もここから回り始めればよかった(・_・;)
ここまでで一日目の三之丸巡りは終了〜。
残り半分はDAY2に持ち越します!
子供が読んでた山形城関連のすごい本があったんだけど、どうもアパートに持ってったっぽい。
仕方ないので、もし間違いがあったら子供に指摘してもらいたいと思います(^^;
息子よ、これ読んでたらよろしく♪
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