守國山 吉祥院
Source【心の癒し~神社・仏閣巡り~】
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しゅこくさん きちじょういん
守國山 吉祥院
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m(_ _)m
8月1日の山形参拝記の続きです。
吉祥院(きちじょういん)は、山形県山形市にある天台宗の寺院。護国院とも称する。
山号は守国山。本尊は千手観音で、最上三十三箇所第3番札所である。(Wikipediaより)
本尊は、その名の通り千手観音、そして脇立の薬師如来、阿弥陀如来と合わせた三尊からなります。古来、千手観音とはこの三尊の総称であると言い伝えられ、「出羽一仏」と呼ばれて信仰されてきました。(HPより)
【所在地】山形県山形市大字千手堂509
【宗派】天台宗
【山号】守國山
【院号】吉祥院、護国院
【本尊】千手観世音菩薩
【創建年】伝・天平9年(737年)
【開基】伝・行基
【札所1】最上三十三観音霊場 第3番札所
【札所2】山形百八地蔵霊場 第32番札所
【札所3】奥羽三十六お薬師霊場 第32番札所
【歴史(Wikipediaより)】
天平9年(737年)勅願により行基が創建したと伝えられ、かつては円福寺と号していた。また、元は漆山村の観音屋敷にあり、後に現在地に移されたとも伝承される。
承和4年(837年)の記録には出羽国守・小野宗成が済苦院を最上郡に建立したとあるが、これを吉祥院と比定する説もある。
延文5年(1360年に斯波兼頼が本堂を再建した。戦国時代から江戸時代にかけて山形城主であった最上氏の帰依を得て、天文12年(1542年)に最上義守によって寺が再建されたという。慶安元年(1648年)には江戸幕府より朱印地を与えられた。
なお江戸時代初期には最上三十三観音巡礼札所の第1番札所とされ、慶長8年(1603年)に最上義光が納めた扁額には「奉納 第一番千手堂」とある。後に第三番札所となった。
【寺号標】
【稲荷社】
【千手観音堂】
何処と無く鶴岡市の黄金堂の雰囲気に似てます。
御朱印を柿ながら住職さんが、
『今年は思い出がない夏だねぇ~』と、寂しそうに言ってました。
僕はここに来れた事が良い思い出になりましたよっ ありがとうございます
また行きたくなるお寺です。
最後までご覧頂き有難うございます。
d=(^o^)=b
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