子供のころよく遊んでいた虚空蔵山に登る。
Source【山形グルメ探検隊】
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この前、山寺街道をめぐって来た時の帰り道。
僕が子供のころによく遊びに来てた、鈴川町の「虚空蔵山」へ。
正確には「福一満虚空蔵大菩薩」を祀るお堂がある小さな山。
小学生の頃はよくここに来て、お堂の下にあったアリジゴクの巣を観察したりして遊んでたな~。
大人になってから、違う目的でまたここに来るとは思わなかった。
しかし、「大菩薩」とあるけど鳥居があるし・・・ 鳥居の額をもっとしっかり見てくるべきだった。
ここから山に登っていきます。
右手にはお地蔵さま。手を合わせてからよく見たら「安産地蔵大菩薩」と書いてあった。
いやまぁ、うちは関係ないかもしれんけど・・・
参道の階段の左手にはこんな石碑が並んでました。
太神宮、夜念仏、湯殿山、庚申塔。
この字体がカッコイイな~。寛政年間のものが多かったですね。
登ってきたところです。
正面に虚空蔵尊のお堂。左手には稲荷神社のお社が。
昔から変わらずにあるお堂ですが、床下のスペースにいろいろと突っ込んでありますね(^^;
この床下のところにアリジゴクの巣があったんですよ。
今はもういないかな~。
左手の神社。
「福一稲荷大明神」とあります。
下の鳥居のところには「福一満虚空蔵大菩薩」とありましたけど、こちらは「福一稲荷」。
福一ってなんなんでしょう?
伊勢而大明神、かな。伊勢神宮のこと?
こちらには古峰神社の碑。
もう、いろんな石碑が混在してますね。
地蔵講供養塔。
その後ろには南無阿弥陀仏と書かれた碑がありましたが、その題目の両側にも何やら書いてあったんですよね。でもどうしても読み取れなかった・・・
もっと、なんて書いてあるか読み取れるスキルを身につけたいですね~。
そしてやっぱり庚申塔。
これも寛政年間の建立で、お隣にはお地蔵さまも。
虚空蔵尊って仏教の教えに出てくる存在だと思っていたけど、ここはまさに「神仏習合」が肌で感じられる場所だったかもしれないですね。
それにしても、GoogleMapの写真にここの石碑が載ってたりするんだけど、4年くらいでずいぶん文字が見づらくなってたのに驚きました。風化?
文字がきちんと見えてるうちに、ちゃんと記録して後世に残しておく必要があるんじゃないかと感じましたね。各地区の郷土史研究会の方々って大事な取り組みをしてくれてるんだな。
いつか自分もまぜてもらおう。
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