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旧街道・六十里越街道を歩く! 《その2》

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旧街道・六十里越街道を歩く! 《その2》
Source【山形グルメ探検隊】
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富士山女子駅伝を見ながら、年明けの駅伝三昧に向けて気持ちを高めておりました。
本間香さん、きっとこれからも大活躍してくれそうな予感がしますね~。

そんなワケで六十里越街道の続きです。
西バイパスから、国道112号線を金井地区へと入っていきますよ。

街道っぽい

なんとなく街道っぽい雰囲気。
松の木じゃなくても、こうして並木があるとそれっぽい雰囲気が出ますよね。
川崎町の笹谷街道にある松並木(と言っていいのか)、日光街道の杉並木とかは大好きな光景です。

牛塚

バス停の近くにあった石碑。
こんなの歩きじゃなきゃ絶対に気づかないですよ。
牛塚はわかりますが、上に書いてある字が読めません。なんて書いてあるんだろう。
右には寛永という元号にも見えますが・・・ どうだろう?

ここにも地蔵堂

山形病院近くの大きな交差点。その南側にある小さな地蔵堂です。
その右側には石碑が3つ。
お堂に一番近いものが百庚申。庚申塔はよく見ますけど、百庚申って初めてですね。
真ん中の石碑は、残念ながらもう全く字も仏画の彫刻の跡も見えません。
そして一番右は、おそらく二十一夜供養塔?
二十一夜なんてものがあるのかどうかもわかりませんが、見る限りはそう見えるような・・・

ほんとはここを真っすぐ

この地蔵堂からさらに北を望んだところ。
新しい道路は少し左にそれていきますが、もともとの道はこのように真っすぐつながっていました。
このままでよかったじゃん。

またもお地蔵様

北上を続け、ちょうど右手(東)に妙光院さんが位置するあたり。
道沿いに小さなお地蔵さまがありました。個人の敷地内にお堂が設けられていて、しっかりお祀りされているのがわかりますね。

月山神社

そのお堂からちょっと進んで道路の反対側。西側にあるのが月山神社
この白い鳥居が印象的でしたね。
さっそくお詣りしてみましょう。

左にお不動様も

お堂はそろそろ雪支度。参道の左手には小さいお社があります。
社殿のようですが、近くで見てみたら「お不動様」と書いてある札が掛けられてるんですよ。
社に下げられているのも鈴なんですが、考えてみたら不動明王って仏様ですよね。
これも神仏習合の現れなんでしょうか?

すごい数の石碑

社殿右側にはたくさんの石碑が集められていました。
たくさんありすぎて、個別の写真は(撮ってきましたけど)省略。
庚申塔、百万遍供養塔に夜行念佛供養、二十三夜待供養塔、十八夜供養塔、蔵王大権現、大黒天、天照皇太神、金毘羅山、八聖山、湯殿山、太神宮など。
石に刻まれた元号で読み取れたのは、天明、寛政、文化、享和、文政。

古峰神社

月山神社を出て、だいぶ先まで来ましたよ。
もう少しで麺屋酒田さんというところ、道路の右手(東)にあるこの石碑。ずっと気になってたんですよ。車だとそんなにじっと見るわけにいかないですもんね。
古峰神社の石塔(石柱)、湯殿山、庚申塔。
やっぱり湯殿山の石碑みたいに上に梵字が書いてあるとカッコイイ感じがしますね。

御本尊はこちら?

石碑2つは享和の時代のものでしたが、こちらはよくわかりませんね。
そもそも古峰神社のこういう石塔って、上に扉みたいなものがあってお札を収めるようになってますよね。これって古峰神社特有のように思って見てるんですけど、なぜこれだけそんな仕組みになってるのか不思議なんですよね~。

長谷寺

そしてこちらは長谷寺さん。麺屋酒田さんのすぐお隣ぐらいですね。
遠くに見える山門の額には「長谷禅寺」って書いてありますけど・・・
入口のところには山形百八地蔵尊第三十五番霊場、とあります。
山門の両側にたくさんの石仏が見えるので気になったんですが、そこは今回はぐっとこらえて、街道を先へと進むことにしました。

ここは船町を選ぼう

中野交差点。写真の右手方向がそのまま国道112号を進む道になるんですが、ここでふと、旧街道はその道でいいのだろうかと。ここから先の道って新しく造られた道ですよね?
左手に向かう道が船町へと入る道なんですけど、もしかしたらこっちが旧街道だったんじゃないか?

さっそく石碑が

そう思って船町の方へと入ってみたら、さっそくこんな石碑が。
個人宅の敷地内かと思うのですが、左が竹駒、右がたぶん湯殿山。
竹駒の碑のほうは上に宝珠が描かれているので、間違いなく竹駒稲荷のことですよね。
湯殿山のほうはあまりにも達筆で・・・ こんなに崩されると「殿」の字が難しい(^^;

浄蓮寺

浄蓮寺さん。
まわりに高い建物がなくて、見渡す限りこのお寺しかないような錯覚に陥るんですよ。
江戸時代とかも、人々はきっとこれと同じ景色を見ていたんだろうなと思うととても感慨深い。
なんか見入ってしまう光景でした。

向谷寺

浄蓮寺さんのほぼお向かいにある向谷寺さん。
寺町界隈だとお寺同士が向かい合うこともありますけど、こんなに広いところでお寺同士が向かい合わせって珍しくないですか?
ずっと奥まったところにあったので、こちらも素通りしてしまいました。

川沿いに湯殿山碑

西にちょっと歩くと川が流れているのですが、そこを渡ったところにこの石碑が立ってました。
西を向いて立っている湯殿山の石碑。慶應二年とありました。
やっぱりここが旧街道だったんだという思いを深くしましたね。

馬頭観音碑

さらに少し歩くと、駐車場の奥にこんな石碑が祀られてました。
文政の時代に建てられた、馬頭観世音の碑。
馬頭観音といったら街道筋によく見られる石碑ですよね。馬の無事を祈る、つまりは道中の安全を祈るものとして一里塚としても置かれることがあると聞いたことがあります。

03 船町

僕の中ではもうこの船町を通る道路が六十里越街道で確定です。
ただ問題は、どうやって、どこで須川を渡ったかです。
それと、本来のルートは突き当って右へと曲がる道なんですけど、GoogleMap上で八幡神社を発見してしまったので・・・ そちらへと行ってみることにしました。

その八幡神社に向かう参道へと進もうかどうしようか思案していた時、通りがかった車からクラクションを鳴らされたんですよ。何か邪魔だったか、よほど不審な感じだったかなと思って車を見たら、なんと以前とてもお世話になった、船町のとある有力者の方でした。

「こだなどごで何しったのや?」

そこで、いま六十里越街道を辿ってみていることを伝え、ここがその街道でいいのかを確認してみたところ、やっぱりこの道で正解でした!
かつては街道を通る女性の着物の裾が地面に擦れるので、道がいつもきれいに掃かれた状態だったとかいろいろと教えていただきました。この先に須川を渡る渡場もあったと聞いて、すべて解決。
もう正解とわかったので、あとは安心して八幡神社に詣でることにします!

正八幡神社

そんなわけで、正八幡神社
鳥居は新しい感じですが、全体としてはかなり雰囲気のある神社ですね。

神輿殿と

鳥居をくぐって右側にあるのが、神輿殿とこの巨大な石碑。
蔵王山。左側の面には「五穀成就 村内安全 天保三年」と書いてありました。

ここが気になる

神輿殿の左手にあったこのお堂が気になります。
この家紋はどなたの紋?
そしてお堂の右にある石碑がまた気になる!
奉納百八十八箇所・・・ まではわかるんですが、その下。後で写真でよく確認しようと思ってたのに影が邪魔してよくわからないんですよね。失敗したな~。

お手入れ中?

参道の道路挟んで左手にはお地蔵さまがいたんですが、お隣の住宅の方がちょうどお手入れ中でこんな写真になりました。
作業中、後ろから失礼しました・・・

石碑が二つ

境内、参道左手に並んで建つ石碑。
湯殿山と子待塔。子を待つのかと思いきや、「子(ね)」の日の夜に大黒天などに祈りをささげて精進するという講があるんですね。
湯殿山の碑は文化、子待塔は安政の時代の建立のようでした。

また道沿いに

八幡神社からすぐ後ろの道路にも石碑が2基。
百万遍供養の塔と、湯殿山塔。やっぱり湯殿山の石碑は多いですね~。

個人の敷地内かとは思いますが

八幡神社から須川堤防に向かって歩く道を行くと、道路からちょっとのところ、おそらく個人の敷地内にこんなお地蔵さまが祀られていました。大事にされてますね。

河川敷に出ました

そして堤防沿いの道に出ると、ここにもお堂がありました。
延命地蔵尊のお堂ですね。お地蔵さまは見えませんでしたが、隣にも何か・・・

十八夜供養塔

十八夜供養塔。
供養塔にこうしてお社をかけてくれるなんて素晴らしいですね。
寛政の時代から大切に守られているなんて、ちょっと感動します。

街道を振り返る

こちらが本来の六十里越街道。ふり返ってちょっと戻りながら歩いてみました。
さっきお会いした地元の方からいろいろ教えていただいていたので、興味深く観察できましたよ。

渡船場跡

ここが、さっき教えていただいた船町渡船場 桝形跡
ここから船で渡って、さらに街道を歩いたんですね。渡場の場所がわかってよかったです。

ちなみに、いろいろと教えていただいたそのお方、後日わざわざ天保から明治のころまでの船町の家並み図の写しを見せてくださったんですよ。
今の街並みが当時から続いているのがよくわかって、とても興味深かったです。
こういうご縁って本当にありがたいですよね~。感謝です!

渡った先から船町方面

橋を渡って、須川左岸の堤防からさっきの渡船場のあたりを眺めた図。
当時はここにどんな光景が広がっていたんでしょう。
船で渡るのに、馬はどうした? 待ってる間は茶店でもあって賑わっていたのか?
そんな想像をしながら街道を歩くのって、とっても楽しいですよ♪

おそらくここを進んだはず

川を越したら、おそらくこの道で街道が再スタートとなるはずです。
どんどん進んでいきますよ~。

教善上人

うっかりしてたら見落としてしまいそうな場所にこんな石碑が佇んでました。
これは一体何の石碑なんでしょう?
「教善上人」と読めるんですが、全くこれまで聞いたこともないキーワードです。
文字がけっこう綺麗なので、新しいものなのかな? とも思ったんですが、「文久」って文字も見えるんですよね~。これ、一体何なんでしょう!?

04 中山へ

ここまでのルートです。
今回は船町のルートと渡船場の存在を知れたのが大きかったですね。

ちなみに、悩んでいたお昼ご飯は江俣のあたりから我慢して歩いてきて、途中街道からちょっとだけ外れて竹林坊さんに行きました♪
エネルギーを補給して、街道をさらに先へと進みます!
というわけでその3へと続く 笑

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もとのWEBサイトでこの記事を読む→旧街道・六十里越街道を歩く! 《その2》

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